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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)994号 判決

原告

坪井金二

被告

豊嶋木材株式会社

主文

被告は原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和五八年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文の同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

訴外黒田一也(以下「訴外黒田」という。)は、昭和五八年九月一四日午後六時五〇分ころ、原告を同乗させて普通貨物自動車(大阪四六ふ五九六号。以下「事故車」という。)を運転し、兵庫県川西市清和台東五丁目二番地の五五付近道路を北から南に向かつて進行中、事故車を横転させ、道路左端に設けられてあつた道路照明灯の鉄柱に事故車を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  原告の受傷、治療、後遺障害

原告は、本件事故により骨盤骨折、大腿骨骨折等の傷害を受け、別紙入通院一覧表記載のとおり病院に入通院して治療を受けたが、完治せず、骨盤骨に著しい奇形を残存させたまま、昭和六〇年四月一〇日、症状が固定した。原告の右後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一二級五号(「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」)に該当する。

3  責任

被告は、事故車を所有し、これを訴外黒田に使用させて自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。

また、被告は木材販売等を業とする会社、訴外黒田はその従業員であり、訴外黒田は被告会社の業務として木材を搬送中に本件事故を惹起させたものであるところ、訴外黒田は、事故車の荷台左側に木材を積んでおり、事故現場付近は右に大きく湾曲した道路であつたから、減速して安全な速度で進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速約五〇キロメートルのままで事故車を進行させた過失により本件事故を発生させたものである。したがつて、被告は、民法七一五条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 入院雑費 金一五万二四〇〇円

原告が本件事故による傷害のため合計一二七日間入院したことは前記のとおりであり、原告は、この間、一日当たり一二〇〇円、合計一五万二四〇〇円の入院雑費を支出した。

(二) 松葉杖使用料 金一一〇〇円

(三) 文書料 金二万二〇〇〇円

(四) 休業損害 金四九八万九六〇〇円

原告の本件事故直前の収入月額は金二六万四〇〇〇円であつたところ、原告は、本件事故のため事故の日から症状が固定した昭和六〇年四月一〇日までの一八か月二七日間休業せざるを得ず、次の計算式のとおり、合計四九八万九六〇〇円の休業損害を被つた。

(五) 後遺障害による逸失利益 金九三〇万〇六一四円

原告の後遺障害は前記のとおりで、その労働能力の一四パーセントを喪失したものであるから、原告は、本件事故に遭わなければ、症状固定後の昭和六〇年四月一一日から稼働可能な六七歳までの三八年間、前記収入月額の一四パーセントの収入を得られた筈であり、前記収入月額を基礎として、これに右労働能力喪失率を乗じ、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の症状固定時における現価を求めると、その額は、次の計算式のとおり金九三〇万〇六一四円となる。

264,000×0.14×12×20.970=9,300,614

(六) 慰謝料 金四六一万円

原告の入通院状況、後遺障害の内容及び程度は前記のとおりであり、原告が本件事故により被つた精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、入通院慰謝料として金二三一万円、後遺障害慰謝料として金二三〇万円、合計四六一万円が相当である。

(七) 弁護士費用 金八〇万円

原告は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として金八〇万円の支払を約した。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、前項記載の損害のうち金八〇〇万円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が昭和五八年九月一四日から同一一月一一日まで協立病院に入院し、昭和五九年一一月一六日昭和外科病院に入院したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は否認する。原告の本件事故前三か月分の収入は金五一万七六一〇円、一日当たりの収入は金五七五一円である。

三  抗弁

1  過失相殺

原告は、本件事故前、訴外黒田が飲酒していたことを知りながら、同人が事故車の運転をすることを制止せず、これに同乗したものであつて、原告にも過失があつたものというべく、相応の過失相殺がなされるべきである。

2  損害の填補

原告は、

(一) 労災保険から

(1) 治療費(昭和五八年九月一四日から昭和六〇年四月一〇日までの分)として金二九八万五三三六円

(2) 看護料として金二二万六〇〇〇円

(3) 休業補償給付(昭和五八年九月一五日から昭和六〇年四月一〇日までの分)として金二六二万二二一五円

(4) 同特別支給金として金一〇三万九二二〇円

(5) 障害補償給付として金二二万〇〇六八円

(6) 同特別支給金として金二〇万円

(二) 事故車の自賠責保険から金三二九万円

(三) 事故車の搭乗者傷害保険から金一四九万五〇〇〇円

合計金一二〇七万七三八九円

の各保険金の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  仮に抗弁2記載の各保険金が支払われたとしても、(一)(1)(2)の治療費及び看護料は、原告が本訴において請求していない治療費に対応するものであり、(一)(4)及び(6)の各特別支給金は、いずれも労働福祉行政の一環として支給されるもので、損害の填補を目的とするものではないから、原告の損害から控除されるべきものではない。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生

請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の受傷、治療、後遺障害

成立に争いのない甲第三、第七号証、乙第一号証の一、第二号証の三ないし一〇、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により骨盤骨折、大腿骨骨折等の傷害を受け、別紙入通院一覧表記載のとおり病院に入通院して治療を受けた(原告が昭和五八年九月一四日から同年一一月一一日まで協立病院に入院し、昭和五九年一一月一六日昭和外科病院に入院したことは当事者間に争いがない。)が、完治せず、骨盤骨に著しい奇形を残存させたまま、昭和六〇年四月一〇日、その症状が固定したことが認められ、右認定を左右しうる証拠は存在しない。そして、右の事実によれば、原告の右後遺障害は、等級表第一二級五号(「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」)に該当するものと認められる。

三  責任

被告が事故車を所有し、これを訴外黒田に使用させて自己の運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  入院雑費 金一三万九七〇〇円

原告が本件事故による傷害のため合計一二七日間入院したことは前記のとおりであるところ、この間の原告の入院雑費は一日当たり金一一〇〇円と認められるので、その合計額は金一三万九七〇〇円となる。

2  松葉杖使用料 金一一〇〇円

原告の前記症状に照らせば、原告の前記入通院中松葉杖の使用が必要であつたものと推認されるところ、成立に争いのない甲第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右入通院中協立病院から松葉杖を借用し、その使用料として金一一〇〇円を支払つたことが認められる。

3  文書料 金二万二〇〇〇円

成立に争いのない甲第六号証の一ないし八及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、診断書代として合計二万二〇〇〇円の支出をしたことが認められる。

4  休業損害 金四八九万六七七四円

前記認定の原告の症状及び入通院状況に照らせば、原告は、本件事故の日である昭和五八年九月一四日から症状固定の日である昭和六〇年四月一〇日までの五七五日間休業せざるを得なかつたものと推認されるところ、成立に争いのない甲第八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、被告会社に勤務し、事故前の昭和五八年八月には月額二六万四〇〇〇円の賃金を得ていたことが認められる。そうすると、原告は、本件事故に遭わなければ、右の期間右の収入を下らない収入をあげえたものと推認すべきであり、次の計算式のとおり、合計四八九万六七七四円の休業損害を被つた。

264,000÷31×575=4,896,774

5  後遺障害による逸失利益 金九三〇万〇七〇三円

原告の後遺障害の内容及び程度は前記のとおりであるから、その労働能力喪失割合は一四パーセントと認められる。そして、原告が本件事故直前月額二六万四〇〇〇円の賃金を得ていたことは前記のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、原告は症状固定時二九歳であることが認められるので、本件事故による後遺障害を被らなければ、原告は、症状固定後の昭和六〇年四月一一日から稼働可能な六七歳までの三八年間、右賃金月額の一四パーセントの割合の収入を得られた筈である。そこで、右賃金月額を基礎として、これに右労働能力喪失割合を乗じ、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の症状固定時における現価を求めると、その額は、次の計算式のとおり金九三〇万〇七〇三円となる。

264,000×12×0.14×20.9702=9,300,703

6  慰謝料 金三四〇万円

原告の被つた傷害の内容及び程度、入通院状況、後遺障害の内容及び程度その他本件における諸般の事情を総合考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金三四〇万円が相当である。

五  過失相殺の可否

被告は、本件事故前、原告は、訴外黒田が飲酒していたことを知りながら、同人が事故車の運転をすることを制止せず、これに同乗したものであるから、原告にも過失があり、相応の過失相殺がなされるべきであると主張するので、この点につき検討するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故前、訴外黒田が事故車に材木を積みながら酒を飲んでいるのを見かけたが、運転を制止することもなくそのまま事故車に同乗して本件事故に遭つたことが認められる。しかし、原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第四号証、成立に争いのない乙第二号証の二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、訴外黒田がどの程度飲酒したかは知らず、同人の状態は普段と変わらなかつたこと、本件事故は、事故車の荷台左側に木材を積んでおり、事故現場付近は右に大きく湾曲した道路であつたのに、訴外黒田は減速をせず、時速約五〇キロメートルのまま事故車を進行させたためバランスを失い横転したものであることが認められる。そうすると、本件事故の原因は、訴外黒田が右のような道路状況に応じた安全な速度で事故車を運転しなかつたことにあるのであつて、同人が酒気を帯びていたことが本件事故の一因をなしたものとは認められず、したがつて、原告に過失相殺に価いするような過失があつたものとは認められない。被告の過失相殺の主張は採用することができない。

六  損害の填補

被告は、原告は労災保険から休業補償給付として金二六二万二二一五円、障害補償給付として金二二万〇〇六八円、事故車の自賠責保険から金三二九万円の各保険金の支払を受けた旨主張するところ、原告はこれを明らかに争わないので、自白したものとみなす。そこで、右の金額を四項記載の損害合計一七七六万〇二七七円(ただし、労災保険からの給付については休業損害及び逸失利益)から控除すると、その残額は金一一六二万七九九四円となる。

右のほか、被告は、労災保険から原告に給付のなされた治療費二九八万五三三六円及び看護料二二万六〇〇〇円も原告の損害額から控除さるべきであると主張する。しかし、原告の本訴請求は、本件事故に基づく損害のうち治療費及び看護料を除いてその残部を請求しているものであるから、労災保険から給付を受けた右の治療費及び看護料を原告の損害額から控除すべきでないことは明らかである。

また、被告は、労災保険から原告に支給された休業特別支給金一〇三万九二二〇円及び障害特別支給金二〇万円も原告の損害額から控除さるべきであると主張する。しかし、特別支給金の性質は、災害補償そのものではなく、療養生活援護金(休業特別支給金)、生活転換援護金(障害特別支給金)ともいうべきもので、被災労働者の福祉の増進を図つたものであると解されること、労働者災害補償保険法一二条の四が代位の原因となる給付を保険給付に限り、特別支給金の給付を除外していること、特別支給金は、損害賠償との調整の対象とされていないことに照らすと、特別支給金は損害の填補を目的とするものではないから、これを原告の損害額から控除すべきものではない。

更に、被告は、原告事故車の搭乗者傷害保険から金一四九万五〇〇〇円の保険金の支払を受けたので、右金額は原告の損害額から控除さるべきであると主張する。しかし、自動車保険普通保険約款の搭乗者傷害条項によれば、搭乗者傷害保険は、自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者を被保険者とし、その受傷に対し定額の保険金を支払うものであつて、明らかに保険代位が否定されており、損害の填補を目的とするものではないから、これもまた原告の損害額から控除すべきものではない。

七  弁護士費用 金八〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として相当額の支払を約したことが認められる。そして、本件事案の性質、内容、審理経過、認容額等諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、金八〇万円と認められる。

八  結論

以上の次第で、原告は被告に対し本件事故に基づく金一二四二万七九九四円の損害賠償請求権を有するところ、うち金八〇〇万円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下満)

別紙 入通院一覧表

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